ほのぼの/アバドン解決後辺り想定 |
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肝ぬくさぐさ 淋しさん
『私、がんばって村を興て直そうと思うんです』 茜の言葉は、どこか吹っ切れたようでいて、それでも悲しかった。 「円(えん)、お前まだ槻賀多の事を気にかけているのか」 銀楼閣の屋上で、ぼんやりとする書生を見つけた黒猫が、声をかけてきた。 円と呼ばれた書生は、黒の学生服に外套と制帽といういつもの風体で、屋上の隅に空を見上げるようにして佇んでいた。 自分を探しに来た黒猫は、その姿を見てさもありなん、と多分首をすくめでもしているのだろう。 当の書生も、それには気付いていたが、自分の真上に広がる青い帝都の空を見れば、やはり思い出さずにはいられないのは仕方の無い事で。 「そう見えますか」 「そう見えた」 そっけなく返したものの、考えていたのは事実そうだ。 「あまり根つめて考えても、どうしようも無い事もある。成り行きにまかせる、と言えば、それは今まで我等のしてきたことを否定するような言の葉になるやもしれんがな、現実として」 「判りますよ、それは」 じゃなきゃ、やってられませんよこんな商売。 なんて、言ったらゴウトは幻滅するかな。 「聞こえとるぞ、馬鹿者」 円の心の表面に浮かぶ、どこか大人びた科白は、多分わざとなのだろう。 ちょい、とねめつければ、円は屈託なく笑った。 「ねえ、ゴウト」 「なんだ」 「どうして槻賀多村では、養蜂やらないんですか」 「ハ?」 「だから……養蜂。えっと、あのミツバチをですね……育てて」 「養蜂くらい知っとるわ、なんで、だからそこで養蜂という言葉が出てくるのだ」 突拍子も無い円の言葉に、ゴウトは目をぱちぱちと瞬かせた。 「え……だから槻賀多村で……」 「だからなんでそこで槻賀多村が出る」 「……」 「……判った判った、円の思う通り最初から話せ」 円は、たまに前置きも無しでいきなり本題の核心を口にしては、お目付け役との会話が噛み合っていない事に気付き、そこで説明が止まって困ってしまう事がある。 本来、しっかり者ではあるのだが、そのもっと本来は、生来ののんびり屋なのだ。 本人としては、根つめてかなり考えた挙句に出る言葉らしいので、今のように初っ端から止めてしまうのは逆効果なのだった。それを思い出し、ゴウトは円の好きに喋らす事にした。 「蟲が無いと困ると聞きました」 「うむ」 「でも……結局は蟲使いは廃業も同然だと」 「うむ」 「えっと……あの、でも蟲人の人達はまだあすこに居るんですよね?」 「弾は旅をするような事を言うてはいたがな」 「旅をするのは、それは弾の好きにしたらいいとは思います。ゲイリン殿も言って居られました。洋行はいい経験になると……いいですね、自分も機会があったら一度でいいです、洋行してみたいです」 「円、円、脱線しているぞ」 「……ああ、すいません。えっと……だから、蟲人の方々は、運喰い虫を作れる位なのですから、だったらミツバチ型の蟲を作られたらどうかと……それで……えっと……」 「……」 槻賀多の厳しい自然でも負けない超力蜜蜂型の蜜取り蟲を作ればいいのです! などと円の控えめなもうそ……いや力説は続いている。 が、待て待て、良く聞くと結構建設的でいい意見を言ってやしないか? 円はいつそんな事を考えついたのか。 ゴウトは思いっきり円の話に食いついた。 「えっと、それが無理でも蟲笛ありますよね、バッタに効くなら蜂を操る笛とか作れないものなのでしょうか。だってあんなに面白い仕掛けを作ってしまえる人達なのですから、もしかしたらと思ったのですが……」 「円……お前、そんな事を考えていたのか」 「……すみません……自分……俺も無理にミツバチを操るのはどうかとは思いますが、ミツバチとある程度意思が疎通できてお互いに利害が一致するのであれば、ミツバチも協力してくれるのではないかと。うちの実家の方でも養蜂やってたんで……あ、面白いですよ、養蜂……なれると蜜蜂も懐いてくれて……」 また円の話が脱線してきているような気がする。 それに円、蜜蜂がお前に懐いてしまうのは、それは単にお前が強力な召喚師だからだ。 いやいや、いかん、こっちまで脱線してどうする。 ゴウトはうっかり自分まで脱線しそうになって、慌てて話の方向を修正した。 「円、蟲を作る話に戻そうぞ」 「あ、はい、ああ、すいません、じゃあ、蟲笛の事は置いておいて、えっと……人工的な蟲でも養蜂が可能ならば、槻賀多村は環境もいいですし、水脈も上質ですし、蜂蜜が取れれば、それを売って地元の名産にすればいいと思うんです。運搬は次郎丸とか太郎丸クラスの蟲がいたから……えっと……帝都まで、そう、帝都まで運ぶのも大丈夫なんじゃないですか?折角の蟲師の能力ももったいないですし……その……暗殺とかしなくても……全然成り立つのではないかと……か……思って……あの……ゴウト?」 自分ばかりがべらべら喋ってしまったが、目の前のゴウトが考え込んでしまったので、円は酷く心配になって、思わずゴウトの前にしゃがみ込んでその顔を覗きこんだ。 しかしその瞬間、お目付け役の黒猫は、ぴょん、と屋上の柵の上に飛び上がりテンション高く叫んだ。 「円、お前は何て賢い子だー!」 「ゴ、ゴウト危ない」 「俺はお前を誇りに思うぞ!」 ゴウトは再びテンション高く叫んだ。 その言葉を聞いた途端、円の表情がぱあああっと、それこそ蜂蜜色のような輝きを放つ。 「あ、あると思いますか?」 「あるある!全然オッケーだ!円、今からちょっとヤタガラスにナシつけてくるから、お前はいい子で留守番してろよ!では行ってくる!はっ」 「えっ!」 ばさっ 「ゴウト……」 ゴウトは鳥になってまた飛んで行ってしまいました。 しかし養蜂の話は、ちょっぴり村興しには貢献したらしく、円は一週間後、鳴海から一万円をもらった。 「はい、ライドウちゃん。依頼の報酬もらったから、おつかれー。経費かかってたら後で領収書頂戴」 「え……あ、ありがとうございます」 「……ところで何したの?」 「……よ、養蜂を……」 ライドウの顔は報酬をもらった割りには、どこかか寂しそうだった。 「養蜂……?」 「……」 鳴海は話が全く見えなかった。 その上、ライドウのお目付け役らしい黒猫ゴウトちゃんがもう一週間も帰って来ないらしい。 その所為だろうか、何を話してもしょんぼりして空を見上げてしまう書生さんに、探偵事務所の所長はただ、クエスチョンマークを浮かべるしかなかった。 依頼達成! ※後ではちみつきゃらめるがもらえます 2008/11/12 養蜂だけで本作れそうだ/ゴウトさんはどこまでナシつけにいったのか/ TITLEは笑い福い節の一節らしい/音源探索中 |
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