ほのぼのくどい閣下のナンパ(といいはる)/アバドン解決しばらくたって辺り想定
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超力綺麗




「君に頼みたい事があるんだ、円(えん)」
「……」

皆がルイさんと呼ぶこの超力美しく怖い人は、どうもあの最高にアレな夜空に輝くお星様の名前の御方らしい。
円は正直、この青年が苦手だった。
どこにでも現れ、優雅に消える。
プレゼントももらったけれど、それと同等の代価は必ず押し付けられる。
ああ、やめようやめよう、人の身でそんな事を考えるのは、詮無きこと。

「頼まれてくれなくても結構、でも君は多分頼まれてくれる筈だ、違うかい?円」
「自分は、貴方を何とお呼びすればいいのでしょうか」
「ルイさん、でいんじゃない?弾も茜も僕をそう呼ぶ。ふふ、かわいいじゃないか」

それは、貴方が、か。弾と茜がか。

「どっちも」
「判っているなら心は読まないでください。読まれてもこちらにはどうしようもないのに」
「タイマン張れるような子は、そんな弱気は吐かない、円、ケーキをもう一個頼もう、そこのオネーサン、モンブラン六つ追加してくれるかな」
「まだ食べるんですか、っていうか貴方の一個はなんで一ホールなんですか」
「秋だからね。円も食べなさい、体力つけないと」
待て待て……一応こちとら血を吐くような……事実何度か吐いてぶっ倒れた……試練を重ねて、今体力知力共に結構充実してるというのに。秋ってなにー!
「もっとつけなさいって、さあ、円、他に何食べる?」
「ケーキじゃ体力になりません」
「僕の力が欲しいのかい?」
「いりません……怖いから」
「円は正直だから、僕は好きだよ。ふふ……八方美人のくせに、葛藤を抱える、それなりに自分の理を持って生きている、そのくせ自分の信じた愛にだけは貪欲で全てを晒す、そんな子は好きだよ」

こっちにきなさい。そう、ただ手を触れるだけでいい。

「……」
「……いやです」

富士子パーラーの一画が、花園になっていた。
花園の中にその主と共に座らせられている書生には、まるで氷の女王の居城にも等しい針のムシロ。
暖かい筈のティーカップを支えようとする自分の指先は、まるで氷のようにかじかんで動かない。
カタカタとただ爪の先が、カップを弾くだけだ。

周りの客は好奇の視線を惜しみなく注ぎ、そんなものはもう気にはしてられないが、今日はマズイ。
何となくこれまでにない面倒を押し付けられそうなのだ。
嫌だ。

いやなんだもん……ここからは離れたくない。
不思議に子供の時のような思考状態になる。

目の前の高貴なる天使で悪魔で過去で未来で女神でも光でも焔でも永遠の回廊でもある存在の前では。

「困ったなあ……気持ちは判るけどね」
「判るならそっとしておいてください……今なら正直にいいます、俺じゃなくてもいい筈」
「だったら君でもいいわけだよ、円」
「……いやです……」
「困ったなあ……困らせないで」
「っ……」
全てを根こそぎ奪って行かれるようなプレッシャーは、ほんの一瞬。
これは自分の抵抗。
最後の抗い。
「いやです……もう……円は、サマナー稼業からは身をひきます」
「それじゃ意味がない」
「だからもう……」
「やめなさい」

人間を。

「……」

頭の中で胸の奥でただ静かな声が自分を追い詰める。

「……」

もう嫌だとも言えない程に自分全てを目の前の存在に掌握されているのがわかる。
判るような自分がいやだ。いや……。

「円はただ……諏訪に帰って……この身果てるまでこの心を捧げたいのです、あの方に」
「同伴でくればいいじゃない。条件は緩くしてあげるよ、そうだね召還は八体まで赦そう」

人の話をきけーい!

聞く筈もなく、心も身体も記憶も全て見透かされているというのに。
どうして自分はこんなに抗おうとしているんだろう。
仕方がないので出されたモンブランを食べた。
目の前の人もおいしそうにモンブランを食べていた。本当、無表情だけど楽しそう。
いいなあ、何が楽しいんだろう。
こっちは泣きそうなのに。

「円、決心はついたかい?」
「人の話をきけ……」
うっかり今度は口に出た。マズいと思う心ももう疲弊している。
残っているのは本当に最後の本能だけだ。いやだ。
「円に何かをしでかせなんて頼んでない。そうだね、円はただ、円の正しさを作ればいい。その全てに僕がなってあげよう。そして、円はここに帰ってきなさい」
「……帰宅可能ですか」
「可能ですよ、さあ、斬った張った死に行こうじゃないか」
うああああああ。やっぱりいやー。
「あ、まちがった。ちがうちがう、君にイレギュラーに死なれたら面倒だから、死なないで」
「貴方、今、俺に死に行こうって仰ったじゃないですか」
「……見守ってほしい子がいてね」
「……」
「とても綺麗な子。その子で世界をジャムにしたい位」
それは戯れの言葉だと魂に刻む。
本当のこの人の思いは。
ぞわりと背中に走る、今まで生きていた中で一番の悪寒。
「一つの恋と引き換えに、全てを闘う決意をした命を君に最後まで見守って欲しい」
だから君も。


綺麗に半分だけでいい、人である事をやめなさい。
それでも君の愛を捧げる存在は、君を嫌いにはならないよ。


陳腐でだけどこの今世で自分に一番説得力のある言葉に、頷く条件はただ一つ。


「では、お洋服と装備を一式お願いします」
「いいよ、きこう?」


「剣以外は、かつての貴方の羽根と同じ色で全て揃えていただきたく」
「いいだろう」
「ありがとうございます」
「円のそういうとこ、僕は好きだよ」
「……いやです」
「ノリ悪いなぁ……」
「ところでまさかゴウトもつれてけとか言わないですよね……ゴウトは……」
「ゴウトにゃんはもうレンタル済みなんだよ、円」
「バカー!バカー!悪魔なんか嫌いだー!」
「あっはっはっは、正直で子供っぽい円はもっと好き!」
円が震える手でなげるナイフやフォークは、金髪の青年には見事にかすりもしなかった。




翌日、一人の悪魔召喚師の少年がひっそりとこの世界から姿を消した。




2008/11/14
モンブランは昭和初期に日本では出てきたらしいからオッケー!というジャッジを希望です
白ランはどちらかといえば女の浪漫なのか/タイトルはあれ、すーぱーきれい(BGM)
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