筆者本人はハートフルなつもりのミシャグジさま×ライドウさんの馴初妄想話/R18
そろそろ今回後半辺りから倫理的にR18なので18歳未満(高校生含)の方は閲覧しないでください
※倫理感の他、爬虫類系な描写とか駄目な人も閲覧はご遠慮下さい
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夢幻の如くなり 三




「まあいい、続きを話せ」
「そうですね……えっと、どこまで話しましたっけ」
「野沢菜漬けが食いたい、までだ」
毛布の中で黒猫は呆れたように小さく鼻を鳴らした。
ほのかに温くなった自分の左の脇腹の辺りを、円はそっと撫ぜた。

「円は……やはりゴウトの事好きですよ、もし、ゴウトが俺の事を軽蔑してもいい、でも」
口では大人ぶった事を言う。だが、それは。
「前置きで、俺に都合の良い事を言っても、それは免罪符にはならんぞ、円」
紛れも無く、この子の心からの叫びだから。
「はは……手厳しいですね、それなら円も、気が楽です」
「お前が何を話そうが、驚かんとは言わん。そこまで俺は人間が出来ていないからな」
「いいんです、その方が」
「言われたいのかはっきりと」
「……」
図星だろう、円の身体が小さく震えた。
「それさえもお前の本心を聞かねば……俺もガキじゃない。こういう向きの話を聞かされる方の身にもなってみろ。驚かんとは言えん、責めぬとは言えん。普段ならば、な」
「……ゴウト」
「お前の心の持ち様だ。怖いなら最初にお前の口からはっきり言え。責められて楽になるのなら、そうしてやる。それでも傍に居て欲しいというのならそうしてやる。だから、ここで聞いてやっている」
常識にどこか縛られた大人が、信用しろなどとは軽々しくは言わん。
「俺のこの科白もただの言い訳に過ぎぬがな」
「ありがとうございます……」
最後の逡巡を捨てたかのように、再び円は自分の記憶を淡々と話し始めた。



幼い円は、諏訪の里を暇を見つけて探索し、結界の綻びを見つけると、それを片っ端から修復して行った。
管こそは持っていなかったが、野山に漂う小さきモノ達は、円が頼めば、その当時子供であった少しばかりの円の力を糧としてでも、充分にその仕事をこなしてくれたという。
それは多分、そこが諏訪のご加護の土地だったからでしょう、と円は冷静に分析していた。
自分達の縄張りが荒れて、いい顔をするモノはいない。
そこに幼いとは言え、人間で自分たちの存在を視、その力を諏訪様の為に介添えする者が居るという事で、小さきモノ達は円にとても良くしてくれたという。
だが、円も幼かった故に、自分の在力を過信したのだという。
「流石に、お宮の御柱を自分一人が使役する精霊達の力だけで直そうと言うのには、無理があったようです」
円は、その時の事を思い出したのか、くく、と小さく自嘲した。
円が最後に見つけたのは、結界の一画を担う本御柱だったという。
「御柱は、神事でお直しするとは思いましたが、それを待っていては、怪異も収まらぬ、それでは神事にも差し障りがあると思い、一度朽ちた御柱を取り除き、それと似た程度の霊木を誂えて、擬態して差し替えたのです。神事までは一週間程でしたから、それ位であれば持つだろうとろうと判断しました」
「円、お前、大人が何十人かかりで運ぶようなモノを……結構無茶してるな、猫かぶってたのか」
「円だって学習はします……現にゴウトの前で俺がいつ無茶をしましたか」
「それが猫をかぶっているというのだ……まあいい次にいけ」
ゴウトはいい加減温くなった毛布から、円の肩口へと顔をだしふう、と息をついた。

御柱を差し替えた後、円は頼まれていたおつかいで、氏子の家から預けられた神事に使う衣装を神社に届ける為に、結界がある場所から神社へと戻る。
が、その時に、突然眩暈がして道端で倒れた。力を使い過ぎたのだ。
そして、その際、野道で延び放題だった草に脚を取られ、右足を挫いた。
既に小さきモノ達を使役する程の力も残っていなかった円は、諏訪に怪異を引き起こしていた悪魔の絶好の獲物だった。
次第に遠くなる意識の隅に、忍び寄る禍々しい気配を感じて、円はもう駄目だと思ったという。
「ですが、その時に自分の倒れていた辺り一面に、眩いばかりの雷電が一喝、ミシャグジさまがお出ましになったのです」
「……」
円はどことなく、微かに笑みを浮かべて遠くを見つめた。
まるで恋人の話をする乙女のような様相に、ゴウトは首の後ろ辺りが冷たくなるのを感じたが黙っていた。
円の話は続く。
「そしてミシャグジさまは、円を喰らおうとしていた悪魔を一瞬で屠ると、円の方へと近づいてきました」




「……お前さん、結界を直してくれたようじゃなぁ、礼を言う」
円は、気を失う一歩前の霞んだ意識の隅から、人ではないモノの声を聞いた。
「……だ……れ?」
「ここの土地神じゃ。お前さんが結界を直してくれたお陰で、神事の前じゃが外に出れたわ」
「……とち……がみ……さま?」
鷹揚に頷く気配がした。
「なんじゃ、お前さん、もう力が残ってないのか、幼い癖に相当な無理をする」
くっくっく……と老人のような笑い声が耳元でする。
円はそこで初めて、その目で気配の正体を「視」た。
その姿は白い躯体に血の様に紅い何か文様のようなものが透き通って見える四肢と人外の容貌をした、蛇神の姿だった。
ずるずると長い尾が草むらを這う音が聞こえる。
「……っ……!」
「どうした……この儂が恐ろしいか……お前さん、儂が視えとるんじゃろう?」
「……」
こくり、と円が頷くと、土地神だと名乗った白い蛇神は、更に近寄ってきた。
「どれ、その可愛らしい顔を見せてみい」
「……あっ……」
蛇神はその禍々しい紅い指先を、円の喉元から顎の辺りに、ぺたりと中てた。
ひんやりとした感触に円は身じろいだが、顔を上げる気力も無く、ただされるがままになっていた。
蛇神は円の顔を覗きこむと、ほぇほぇ、と独特の声で哂ったようだった。
そして、うつ伏せに倒れていた円の首ねっこをひょい、と軽く持ち上げた。
円はその時、放り投げられるかも知れないと、一瞬身を堅くしたが、予想外にその身体は、蛇神の腕の中へと抱きこまれた。
「……ミ、シャグジ……さま……なのですか?」
円は気力を振り絞って、その存在の名を口に出した。
相手が自分から名乗るつもりが無いと、肌で感じたからだった。
自分に当ててみろと、試している。そしてそれは両方当たっていて、その存在は酷く楽しげな声をあげた。
「……ほうほう、その名の方で儂を呼ぶか、よいよい、そうじゃそうじゃ、お前さん等がよういうミシャグジさまじゃ」
「……」
「安心しろ、とって喰いやせんぞ。お前さんには結界を直してもらった恩がある。ここのところ風通しがようなって、この辺りの小さいのもよう喜んでおった」
「……」
円は既に声を出す余力もない上、初めて出会う自分より遥かに力を持つモノにただただ畏怖するばかりだったという。
「……なんじゃあ、もう喋る気力も無いのか、つまらんのう」
蛇神は、円の鼻の辺りをひたひたと赤子の機嫌をとるように、つついた。
そしてその後、一瞬だけ禍々しい気配を円に叩き付けた。

「儂の前で、はっきりお前さんの名を名乗ってみい、でなければこのまま喰ってしまうぞ」

ほぇほぇ、と哂ってはいるが、円は全身を雷で打たれたかと思う位の衝撃を受けた。
しかし、そのまま喰われてはたまらないので、歯を食いしばり、自分の名を名乗った。
その辺りに漂う小さきモノは、名乗りを上げずとも意思の疎通はできたが、目の前の蛇神は流石にそうはいかなかった。本来ならば会話する事すら叶わぬ程の力の差が、その時はあったのだ。

円は、自分の名をそのまま、吉一 円(まどか)と蛇神に名乗った。

蛇神は、少し驚いた様だったという。
「お前さん、二つ名を使わんのか」
幼い円には、名代を襲名していないとは言え、本名の読みを変えて交渉するという、召喚師と悪魔の慣わしのような事は咄嗟に出来なかった。
「……」
もう何を言われても、指先一つ動かす気力もなく、ただぐったりした子供を、蛇神は戯れだろうか、それではつまらん、もっと話をしろ、と回復してくれたのだという。
そしてしばし、円はそのまま蛇神の膝の上に乗せられ、おじいちゃんと孫のような会話をさせられたらしい。

「円(まどか)よ、お前さん、簡単に真名を人外のモノに名乗っちゃいかんぞ」
「……どうしてですか」
「召喚師とはそんなもんじゃあ……ところでお前さん、どこの里の人間じゃ」
「く、葛の葉です……」
「そうか……葛葉か……お前さんも将来はどこぞの名代を継ぐかもしれんなあ」
ミシャグジは、とうに諏訪に来ている召喚師一族の事も承知しているようだった。
「そんな……円は、まだそのような……」
「謙遜はするな。人外のモノに遠慮しとったら、あれじゃ、最近は『でびるさまなあ』とやら舶来の言葉で言うのじゃろ?……くく……殺伐とした稼業はできんぞ」
「はぁ……」
ミシャグジは、円に色々と楽しそうに世間話をした上、どこから出したのやら、子供が喜ぶような菓子までくれたらしい。
しかし、円はどうしてこの蛇神が自分に良くしてくれるのかが判らず、不安になった。
「お、畏れながら、み……ミシャグジさま……」
「なんじゃあ」
「あの……ま、円は、未だ召喚師ではありません……何の供物も捧げず、お頼みも出来ていないのに、どうして優しくしてくださるのですか」
ミシャグジは、また、ほぇほぇと独特の声を出して、愉快そうに哂った。
「お前さんは結界を直してくれた、だから儂はここに這い出て来ることが叶った。それだけでも上等じゃ。その上、こんなに可愛らしい希代の召喚師の真名を預けられたのだぞ?それに報いないわけがない」
「真名を……預けた?」
「そうじゃ……それがどういうことか、お前さんはよう判ってはおらんようじゃがな」
「……円は何か失礼な事をしましたか」
円は不安になって、ふと背後の蛇神を見上げた。
「そうではない」
ミシャグジは、ただ一言静かに円に言い聞かせるように呟いた。
その瞬間、円は全く身動きが取れない程の見えない戒めをかけられた。

そうではない。

「それがどういう事になるか、少しばかり教えてやろうか、円よ」
「……っあ」
名前を呼ばれる度に、ギリギリと締め付けられる感覚に、円は思わず小さく悲鳴を洩らした。
「己の力の及ばぬ所に己の本質を晒してはいかん」
「いっ……あっ……」
更に締め付けられる様な感覚が強くなり、円はのけぞった。
好々爺のような口調で世間話をしていた蛇神は、何故か円に厳しく諭す様な語調になり、更に円を見えない力で締め付けた。
「それはこの世に生きる者、異界に生きる者とて同じよ」
「ひっ……い……」

苦しいだろうが黙して聴きやれ。

頭の中に響く声に、円は悲鳴さえ上げる事を禁じられた。
「隙を見せたらこうなる、判るな?」
異形の相貌故、人間の瞳のようには見えないが、確かにその視線は円を見ていた。
円は黙ってその視線へと頷いた。
息をするのも侭なら無い苦しさに、その口元は陸の上に打ち捨てられた魚のように力無く開いたままだった。
喉からひゅーひゅーと嫌な音をたてて、微かに息をしているだけの円には、その時起きた事を驚く余裕もなかった。
「いい子じゃ」
異形の口元と思しき場所へ、ぱくりと血のように紅い割れ目が浮かび、その中から更に鮮やかな朱色の先割れた蛇の舌がぬらりと現れる。
そしてそれは、円の唇をれろり、と一舐めすると、すぐに円の口腔へと差し入れられた。
「ん……っふ……あ」
冷たいようで暖かい濡れた感覚が、ずるずると自分の身体の奥へと這っていくのを円はただどうする事も出来ずにただ受入れるしかなかった。
幼い子供にはそれが何を意味するのかはおぼろげにしか判らなかったが、召喚師としての円はそれが自分にとってどういう事なのかを静かに悟った。



味方であろうとも、敵であろうとも、自らの命、その隙を見せる事。
己の手の及ばん理に己の非力を晒す事。



すわ春の夜の夢幻と目を背ける事なかれ。




その戒めのような優しい声がすると同時に、円の戒めは解かれ、口腔を蹂躙していた蛇神の朱色の長い舌はぬるりと円の中から引き抜かれた。
どれ位の間かは判らない。一瞬だったかも知れないし、半刻程もそうしていたのかも知れない。
日の位置はそう変らず、諏訪の空は穏やかなままだった。
しかし軽く眩暈がするような、どこか腹の奥底が疼くような余韻はしっかりと円の身体に残っていた。
「ミシャグジさま……今……のは……」
「儂はお前が気に入った、悪い様にはせん。その証にこれをやろう」
白い蛇神は、円の着物の合わせにそっと一枚の札を差し入れた。
夢心地の中でその札に手を載せると、その上から紅い手がそっと円の小さな手を包み込んだ。
「いずれ儂を呼ぶ事も出来るじゃろう、円ならば。その時は、必ず力を貸してやる」
「畏れおおい……ことです……」
「気に入った、と言うたんじゃよ、いいか、失くすなよ」
ふわりと円の身体は、蛇神の腕から降ろされ、は、と見上げれば既にそこにその姿はなかった。




ミシャグジとの初見を語り終わると、円は突然、がば、と起き上がってベッドの上で正座した。
そして、何と言うべきかと右前肢で首筋をぽりぽりとかいていた黒猫に向かって頭を下げ、普段見せた事の無いような勢いと落ち着かなさで、一気に捲くし立てた。
「……と、まあ、そんな成り行きでして。恐縮なので、とお断りしようかとは思いましたが、また戒めを受けるのも怖かったですし、おじいちゃんが孫におやつくれてやる事の何が悪いんじゃあ、とか拗ねられかけたので、自分もそれ以上何も言えず、ミシャグジさまからうっかりお札をもらいました。破廉恥な事は多少された観ですが、円も男子ですし、減るモノでもないので……それに、真名はあの時ミシャグジさまに差し上げてきましたので、常時夢幻に捕らえられているわけではありません、ですから……」
そして、そのままどうやら泣いているようだった。
顔を上げないのは、何の意地だ。
お前、起き上がるのも辛い状態だったくせに、何だその火事場のクソ力並みの起き上がりあくしょんは。

これがあれか、恋……いやいやいやいや、ライドウたるもの例え病床でも突き立てられる刃物を避ける位の体術は……いや、もうよそう。現実逃避は。

お目付け役はかなり目の前の少年に対して、甘いと自分でも感じてはいた。
が、もはや打ち明けられた事実は、常識もクソもあったもんじゃない臨界点はとっくに超えている。
なんだこの雰囲気は。これではまるで……。
だが、いつまで吹っ切れないのはどうかと、お目付け役は意を決して少年へと切り出した。


「円……」
「……」
「俺の見解が間違っていたら、腹かっさばいて謝ろう」
「……」
「お前、あの蛇神に相当気に入られているが、お前もかなりアレを……」


その途端、それから先は言わせないとばかりに、黒猫は目の前で土下座する少年の左手によって、その頭を押さえ込まれ、ぶぎゅ、と布団に沈められた。
「円……おまえええ!何をするか放せ」
「……今は言わないでください……恥ずかしいです、後生です」
「……何を言うか、先刻まであんなに……」
「だから最初に言いました。軽蔑してもいいと……」
「……」
「でもゴウトの口からそんな事は言わないでください、言わないと言うまで円は、土下座をやめませんが、ゴウトの頭もはなしません」

深刻で憂鬱な告白という宴の相伴だった筈のお目付け役は、酷く憮然とした顔で、今は十四代目と名乗る目の前の少年に頭を押さえつけられたまま、複雑な心境になっていた。
惚気たように自分の魂をも支配するという生来の真名を預けてきたなどと、さらりと爆弾発言をされた。

軽蔑どころの問題ではない。
これはあれだ人として……いや相手はヒトですらないが……いや、だからそれは……。


「判った判った、だから手をどけろ、まず面をあげい、あげさせてくれ」
「……実は、まだ続きもあります……昨日昏倒しご迷惑をおかけした件なのですが」

円め、照れ隠しにワザとやっているのではないだろうか。
そう思った途端、ゴウト自身もいい加減に何かが吹っ飛んだ。

「馬鹿者!惚気たきゃ、気がすむまで惚気ればいい!このゴウト、お前がこれ以上人倫を踏み外し、何もかも立ち行かん、そんな事態になったならば、お目付け役の名にかけてその今際の際は、介錯してくれるわ、それでもいいなら酒を持ってこい、もう素面では聴けん」
「……本当ですか」
その途端、ゴウトの頭を押さえつけていた円の手は、あっさりどけられ、ベッドサイドのテーブルにどかん、と置かれたのは……。

円がベッドの下からごそごそと取り出した「大吟醸・葛の葉」の一升瓶だった。

「これでいいですか……この間、オオクニヌシ様から頂きました。何か凄いお酒のようです」
こいつの使役する悪魔どもには、マトモな青少年教育をしようなどという奴はいないらしい。
「もう、矢でも鉄砲でも持って来い……このゴウト、今度こそ覚悟は決めた」

ぐい呑みでいいですか、すみませんが、ゴウト自分で持ってきてください、などと顔色の悪い笑顔でベッドとは反対側の壁のの戸棚を指差す円は、どこか悲痛な程幸せそうに見えた。やはり起き上がるのがやっとの意地だったらしい。
ゴウトは何も言わずに、器用に戸棚の中に隠されていた小さい茶碗を口に咥え、円のベッドへと戻った。

ヤケクソで呑む酒は、花見酒には遠く、雪見酒にも届かず。
悪酔いを覚悟で、他人の恋を肴に飲むことのやるせなさは……過ぎて去るあの時と思いは同じ。


覚えが無い身では無い。



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2008/11/15
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