筆者本人はハートフルなつもりのミシャグジさま×ライドウさんの馴初妄想話/そのうちR18展開 悪魔×ライドウどんとこーいの方はどうぞ |
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夢幻の如くなり ニ
街中の往来で、軽く感じる眩暈。 首筋に纏わり付く気配は、覚えがある。 現実の世で異界の白昼夢を視る。それを赦されたるは、我が身上。 その名を呼べば、その人は、たちどころに自分の前に現れ、甘く優しい厳かな言葉を吐き出す。 いい加減に我を召喚してはくれぬかのぅ、と。 「駄目です……円には……出来ない」 何故だと気配はいつ問うている。 求められるのは嬉しい。 だがそれは歓喜と同時に人としての一線を越える事になりますれば。 不義理を通す人間だと謗りくださいませ。 気配は、少しだけ悲しそうに、何を言うか当代きっての召喚師が、と嘲笑った。 戯れに吸われる精気は惜しくは無い。それさえも快感として与えられ得る自分はいかに非力な存在か。 むしろそれで済むのであればそんなものはいくらでも捧げるつもりでいる。 惜しくは無い。 惜しいなどと言える程の勇気も無い。 「……死んでもいいと……初めて……」 言葉にした途端に木っ端微塵になるそんな覚悟は、見苦しい。 「……円」 「…………ゴウト?」 「ああ」 「……すみません……夢を見て……」 「……」 目を開けると、傍らには自分の顔を酷く悲しそうな目で覗き込むお目付け役の姿があった。 頭はまだぼうっとしてまだ夢の世界に居るようだ。 もう、朝か。窓の方から明るい光りが差しているのは何となく判る。 視界がどす黒い。黄色がかった嫌な闇の色をしている。 不調なのだろう、とはその色で判った。 全身がだるい。不快ではない。ただ、だるい。 もっと夢を見ていたかった。小さい時の夢、あの……。 「円よ、お前、寝言でも死んでもいいなどと、そんな悲しい事を言ってくれるな」 「そんな事を口走りましたか」 「ああ」 「嘘ですよ」 「……ああ」 ふふ、と小さく笑ってみせると、お目付け役は諦めたように自分から視線をそらした。 ごめんなさい、ゴウト。貴方はこんなに自分を心配してくれているのに。 ですが……その貴方が思ってくれている吉一 円という人間は、未だ覚悟も出来ず、未だ未練も絶てず、未だいろいろな人に迷惑ばかりをかけている未熟者です。 「あまり調子は良く無いようだな。話を聞きに来たのだが、また後にするか」 「いいえ、大丈夫です」 背を向けかけた黒猫を引き止める。 その心遣いは嬉し過ぎる程ありがたいが、体調が戻ったとしても、また自分は繰り返すだろう。 アレとの逢瀬を。 そしてそのうちに何かをしでかしてしまいそうだ。 突然、ぼろりと目から涙が落ちる。自分でもどうしてなのか判らない。 ただ、ぼろぼろと目の縁に涙が湧き上がるのだから不思議だ。 ゴウトはそれを視て、飛び上がらんばかりに驚いてくれた。 「円……お前……泣くほど辛いのなら、無理はするんじゃない」 そういえばこの人に泣き顔なんて、見せたことはないから。 ゴウトは今、本当に本当に心の底から尻尾の先まで驚いているだろう。 どうも最近、このお目付け役は自分に甘すぎる。 もっと。 そう、もっと皆厳しい人達ばかりなら良かった。 そうしたら自分ももっとそっけなく薄情でいられた。 蔑まれる覚悟なんて、もう何度もしたのに。 覚悟もしなければ、受入れられぬとは、お笑いだ。 「聞いてくれますか」 「……お前がいいなら、な」 ゴウトには、全てを打ち明けるつもりはない。 彼とてそれは承知だろう。 知らなければいけないのなら、彼にはいくらでも手段がある。 そうなったらそれで。 それでも、自分が十四代目として生きられるのなら、それもまたそれで。 拠り所になるのは、今自分がここでこうしているという事実だ。 「召喚師も巫女も生贄も思えばやるこたぁ皆同じ、斬って張ってタマはって見返り求めて飯食って、しくじってくたばれば使い捨てときたもんだ」 「……いきなり投げやりな事を言う」 「ただの独り言です」 「聞いてやるだけさ」 黒猫はどこか諦めた風で、ちょい、とその小さな肩をすくませてみせた。 帝都守護の任を負った葛の葉が、頼みの愛刀を握る力さえ残っていないこんな一大事だというのに、それがどうしたとさらりと返されて、少しだけ胸の辺りが楽になる。 人間だったら、どうだろう。 「……どこまでかましたら、業斗堕ちになりますか」 「円、お前喧嘩売ってるのか俺に。まあいい、だがな、目もロクに見えてないくせに口だけ荒んだフリをしてみせても、お前自身の生き方ぁ誤魔化せるもんはないぞ」 「はい」 ぺたり、と抗議を含んだかわいらしい肉球が自分の左頬を軽く叩いた。 「ごめんなさい……ゴウト」 結局は、自分は十四代目で。 そして、ほんの少し前までは、円(まどか)と呼ばれた、ただの人間で。 そして、自分は。 吉一 円として、不義理でも義理を通して。 やっぱり生きていたい。 深く息を吸い込み、自分の中の濁った気を吐き出す。 それを何度か繰り返すと、だいぶだるさが抜けた。 円は静かにぽつぽつと思い出した事をゴウトに話し始めた。 「昔、自分が諏訪の方に手伝いに出たのは、ゴウトにも話した通りです」 「ああ」 「その時分、この時勢の所為もありましょうか、諏訪の方の結界が脆くなり、怪異が多々起っていたので、その年のお宮の神卸しの神事に葛葉から行くようにと言われました。最初は、……この円もただの子供の手伝いだと思っておりましたが、話を聞けば、神事の時に神輿に担がれる大祝(おおほうり)の八歳の子が居ないという事で、丁度八歳だった自分がその役をやれと申し付かりました」 「なるほど」 「諏訪の……ミシャグジさまは、神卸しの際に、その大祝の八歳の男児に憑依なさると云われておりました」 「……円、大丈夫なのかアレの名を口にしても」 ゴウトは円自らがあの忌々しい祟り神の名を口に出したので、少し驚いたようだった。 「構いません。このような状態の円では、ミシャグジさまも流石に興冷めでしょうから、わざわざお出ましにはなりません、そう御自らが言われておられます」 「……円」 「大丈夫です。まだ死にはしません」 ゴウトは眉をひそめた。少し怒っていると思う。 自分はそれには構わずに話しを続けた。 「ゴウトも知っての通り、最近では流石に表だったお宮では、神卸の託宣後の神主殺しまではしていない様子でした。なので大祝の子供も、近年ではただの飾りに過ぎず」 「まあ、どこも大抵はそうだな。どの時代、土地もそこに見合う儀式になる」 「自分が諏訪の方に行った時なのですが……確かになんとなくあまりいい気持ちにはなれませんでした。怪異が起こるのも無理が無いと思いました。お宮の結界の御柱が朽ちて、気の流れが乱れていたようです。地元の小さい友達も、色々と円に教えてくれました」 「ほう」 「葛葉にお伺いしたら、手前の力量で何とかなると判断した場合は、勝手にして良いと指示されておりましたから、円は暇をみつけて諏訪の里を散策しました。面白かったですよ、葛葉の里とは少し違いますが、いろいろな家があって、そこに住まう眷属も違う……お漬物は美味しかったです。そうだ、またあの野沢菜漬け食べたいな……」 「円、話が脱線しておる」 そういうゴウトも諏訪に行った事はあるらしく、確かに漬物は美味い、とか同意をしてくれたくせに。 「円は、細かく順を追って話すのは少し苦手です」 「いい、いい、好きにしろ」 俺も好きにする、とゴウトは昨夜のように自分のベッドの隙間に上がりこみ、今度はぴたりと自分の左脇腹のあたりへと背中をくっつけ、くるりと丸くなった。 「寝てしまうのですか」 「聞いてやっている」 片耳だけをピンとたてた。 鳥にきかれてマズい事は心話で話せという合図だった。 それなら毛布の中に入ってくれれば、暖かいのに。 と、率直な本音を隠しもせずに思念に乗せてやったら、かわいらしい姿をした、時に中身も可愛らしい事をしてくれる黒いお目付け役は、もそもそと円の毛布の中に入って来てくれたので、思わず円は噴いた。 「ゴウト……俺、ゴウトも好きですよ」 「……も、はなんだ、も……か……かなしいような……嬉しいような……」 「ゴウトが人の姿でなくて、良かった」 「からかうのはよせ。そろそろ本題に戻れ。それ以外は聞かぬ」 ハハハ。 笑うのも少しだるいけれど。 この黒猫には、やっぱり洗いざらい吐いてしまおうか。 たとえこの身があの祟り神に何度貫かれていようが、構うもんか。 びくっと毛布の中で、黒猫が身体をすくめた。 「円……構う、そこは構うぞ。俺はお前の恋愛倫理やそれに伴う痴情にどうこう言える立場ではないがな、年寄りにあまり過激な話はやめてくれ」 「ものの喩えですよ、ゴウト……破廉恥な。というか、突っ込みどころはそこではなく、頭から怒られるかと思いました」 「……これでも堪えている」 嘘つき。 どうしろというのだ。全く。 それさえもこのお目付け役の血を吐くような忍耐の上に成り立つ、譲歩と優しさだとは心得ているけれど。 << 前 次へ >> 2008/11/14 |
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